世の中には、無理なことでも頑張れば、さもできるかのように言っているのをよく感じます。
私の父は、私を達筆な字の書ける人間にしたくて、習字を習わせたり、自ら指導してくれたりしましたが、私の書く字は決してうまくありません。
いくら教わっても、私の中に達筆家になりたいという欲望がないのですから、絶対に達筆にはなれないのです。同様に、私の奥さんは私に洋服のセンスを身につけさせようと、いろいろアドバイスしたりしますが、私の中に服装に対する興味がないのですから、私の中に洋服に対して今の気持ちが消えない限り、一生かかっても奥さんの望むセンスを、私が身につけることはないでしょう。
話し方も同じです。私は早口で声が高いのに、ゆっくり低い声でしゃべろうとしたり、話し方教室に通ったこともありましたが、結局、全然、意味がありませんでした。自分が、心の底から本当にそうなりたいと望み、24時間そのことを考え続ければ、もしかしたら、そうなれたのかもしれませんが、人間は、嫌なことを頑張るよりも、得意なことで頑張る方が、同じ努力で2倍以上の効果が違ってくるのです。
例えば字が汚くて、人からバカだと思われるのが嫌なら、その分勉強して、いい学校に入れば誰もバカだとは思いません。洋服のセンスがないのなら、頑張って働いて、ブランド物を買って、センスがないのをブランドで隠すなり、大きな家でも買って、洋服のセンスはないけど、こんなに成功しているんだと、堂々としていればいいのだと思います。
早口で高い声で仕事のできない人間のように思われるのならば、話す内容をじっくり練ってコンテンツの素晴らしいことを話せばいいことなのです。
短所を直すことは苦痛ですが、得意なことを伸ばすのは楽しいものなのです。人間誰しも、持って生まれた能力に差があるのは仕方のないことなのですから、短所に目を向けるよりも長所を伸ばしていけば、いつの間にか短所が長所をよりひきたててくれるようになってくるものなのです。







